
物語は20世紀初頭、ルーマニアの国会議員ディンカ・スキレル(Dincă Schileru)から始まります。
ゴルジュ地方を代表する人物であった彼は、後に「スキレレスク(schileresc)」と呼ばれるオルテニア地方の伝統衣装、そしてその象徴的なウールコートのスタイルを形づくった人物として知られています。
正式な高等教育を受けた人物ではありませんでしたが、ルーマニアの農村社会に何世代にもわたって蓄積されてきた知恵、美意識、そして土地に根ざした感覚を備えていました。そのヴィジョンは一世紀以上を経た現在もなお、現代ファッションの中で驚くほど新鮮な存在感を放っています。
オルテニア地方のウールコートが広く知られるようになった背景には、20世紀初頭のルーマニア王妃マリアの存在もあります。
王妃マリアは、こうした伝統的なコートを王室の装いに取り入れ、ルーマニアの地方文化に根ざした衣服を、洗練されたスタイルとして新たに提示しました。
その後、オルテニアのコートが持つ力強いシルエット、ウールの質感、そして特徴的な装飾は、国際的なファッションの世界でも注目されるようになります。
ヴァレンティノ、ディオール、トリー・バーチをはじめとする著名なファッションブランドやデザイナーの作品にも、その伝統から着想を得たと見られるデザインが登場してきました。
同時に、このコートはファッションにおける文化的起源、インスピレーションの明示、そして職人への正当な評価について考えるきっかけにもなりました。
長年にわたる議論を通じて、ルーマニア国内でも、自国の伝統工芸や職人技が持つ文化的・創造的価値をあらためて見つめ直す動きが広がっています。
オルテニアのコートは、過去の衣装として保存されるだけの存在ではありません。
それは、土地の記憶と職人の技術を受け継ぎながら、今なお現代のファッションに影響を与え続ける、生きたヘリテージなのです。

オルテニア地方の伝統的なコートは、白い「ディミエ(dimie)」と呼ばれる毛織物から仕立てられています。ディミエは、羊毛の繊維を圧縮してフェルト状に仕上げた、密度の高い伝統的な布です。
そこに施されるのが、黒い「ガイタネ(gîtane)」です。羊毛の糸を撚ったり編んだりして作る紐状の装飾で、刺繍のような表情を生み出します。ガイタネは布のパネルをつなぐ縫い目に沿って施され、縫い目を美しく隠すと同時に、裾や接合部分を補強する役割も担っています。
ディンカ・スキレルが残したこの伝統は、現在、ゴルジュ地方でこの技法を今なお受け継ぐ職人、ゲオルゲ・チュンカヌ(Gheorghe Ciuncanu)の手に託されています。
彼の作品は Blouse Roumaine Shop でもご紹介しており、それぞれの制作背景や技法について、商品ページでさらに詳しくご覧いただけます。


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